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リベラルアーツ教育への期待—環境の時代への視点

保坂 稔 教授
社会イノベーション学部 心理社会学科
専門分野:社会学

3. 現代社会を理解するために

 前述したように、筆者は沙巴体育で環境関係の講義を担当しているが、これまでの研究を振り返ると、学部時代の勉強が役に立っていると思う。「役に立つ」といっても、学部当時の卒業研究が社会学理論研究に立脚していたことを踏まえれば、即効性のある有用性では必ずしもない。理論研究は、『啓蒙の弁証法』といったような難解な著書にふれることにより、古典に挑むという姿勢を身につけることができたり、抽象度の高い文章にも慣れ親しむきっかけとなったように思う。またホルクハイマーらの問題意識を読むことで、筆者が高校時代には抱いていた問題意識が的外れではないことも確認できた。特に「権威主義研究」に関していえば、前述のように2000年前後では、その意義が乏しいとされるような時期もあったが、権威主義研究は保守—革新といった分析視点を獲得することにつながったり、環境意識の分析にも意義があった。今日では、沙巴体育感染症における偏見や差別の分析にも意義がある。たとえば、「沙巴体育感染症患者を出す会社は、従業員の管理がなっていない」「地域の病院が沙巴体育患者を受け入れると、地域に感染が広がる可能性があるので、受け入れることはやめて欲しい」といったすでに差別の事例として報道されているような意見は、筆者による学生意識調査を用いた分析の結果、権威主義によって促進されることが見出されている(保坂[2022b])(5)。このような差別に対しては、法的な措置も場合によっては求められるだろうが、法的措置の前段階として必要な差別をなくす啓発活動にあたって、差別や偏見の現状分析、形成要因の検討が重要であり、権威主義はさまざまな知見を与えてくれる。

 最近では、「民主主義」対「専制主義」といったような対立軸もクローズアップされている。実際、民主政治の劣化、さらには同盟関係の変容などを指摘している『権威主義の誘惑—民主政治の黄昏』(Applebaum[2020=2021])といった著書も刊行されている。

 権威主義研究をはじめとする社会科学の発想は、今日多くの示唆をもたらしてくれる。社会学のみならず、歴史学、哲学、心理学といった領域にもまたがっている権威主義研究は、「教養」を幅広く身につけ総合的な人間力養うという「リベラルアーツ」を学ぶ際に貢献しうる一例であるように筆者には思われる。ファシズムという人類史に残る問題を考察している古典を学ぶことは、有用性を直近では感じないかもしれないが、社会現象を理解するにあたって、重要な分析視点を提供してくれる。筆者の例で具体的にいえば、権威主義研究は近年の「民主主義」対「専制主義」、コロナ禍の差別や偏見といった社会問題を分析する際の切り口になっている。環境問題の分析にあたっても、弱者-強者、ナチスの環境思想、戦後ドイツの環境政策と戦前の環境意識との関連といった分析視点の獲得についてはもちろんのこと、「価値的保守」といった現代のドイツ環境思想を把握するに至ったインタビュー調査の一契機となった。

 いずれにせよ、自身が抱いている社会への疑問を理解するにあたって、古典はさまざまな分析視点を提供してくれる。教養を幅広く身につけることは、社会のさまざまな場面で求められる判断の手がかりを与えてくれると筆者は考えたい。

 *『成城教育』第194号(2022年3月31日発行)に掲載された文章を一部修正して掲載しています。

(1) 経済産業省HP「再生可能エネルギー大量導入?次世代電力ネットワーク小委員会」資料4(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/029_04_00.pdf)最終閲覧2022年1月18日。
(2)「リベラルアーツ」の定義についてはさまざまあるが、紙幅の都合上、本稿では「『教養』を幅広く身につけ総合的な人間力養う」といった点に焦点を絞っている。
(3) バイオエネルギー村におけるインタビュー調査は、2015年から実施し、2019年までの5年間で28村、のべ93人に対して実施した。2004年から実施しているドイツ緑の党関係者までを合計するとのべ250名を超えるドイツ人関係者にインタビュー調査をした。
(4) 再生可能資源エイジェンシー[FNR: Fachagentur Nachwachsende Rohstoffe e.V.](https://bioenergiedorf.fnr.de/)最終閲覧2022年1月18日。
(5) たとえば、兵庫県尼崎市の「長尾クリニック」は、「地域住民には不安視する人もおり、通行人から『あんたのせいで感染が広がったら、どうしてくれるんや』と暴言を吐かれたことも」(読売新聞2021年4月19日)あるという。また、「県単位で最後まで『感染者ゼロ』が続いた岩手県では7月末、初感染者の勤務先に『行動が軽率』『会社の管理がなっていない』といった電話やメールが2日間で100件以上寄せられた」(東京新聞2020年10月25日)という。
参考?献
?Adorno, T. W., E. Frenkel-Brunswik and D. J. Levinson et al., 1950, The Authoritarian Personality, Harper and Brothers. =1980、『権威主義的パーソナリティ』田中義久他訳、青木書店
?Applebaum, A., 2020、Twilight of Democracy: The Seductive Lure of Authoritarianism, Doubleday. =2021、『権威主義の誘惑—民主政治の黄昏』三浦元博訳、白水社
?遠藤マリヤ『ブロックを超える』亜紀書房、1983
?Horkheimer, M., Adorno, T., 1947, Dialektik der Aufklärung, Querido Verlag( Gesammelte Schriften, Bd.5(1987), Schmidt, A., Schmid Noerr, G.(Hrsg.), Fisher Verlag.)=1990、『啓蒙の弁証法』徳永恂訳、岩波書店
?保坂稔
『現代社会と権威主義—フランクフルト学派権威論の再構成』東信堂、2003
「ナチス環境思想のインパクト—ドイツ環境運動と緑の党」『長崎大学総合環境研究』10(2)、15—23、2008
『緑の党政権の誕生—保守的な地域における環境運動の展開』晃洋書房、2013
『再生可能エネルギーを活用したドイツの地方創生とその理念—バイオエネルギー村における「価値創造」』新泉社、2022a
「沙巴体育感染症と偏見に関する研究—権威主義の観点から」『沙巴体育社会イノベーション研究』17(2)、137-147、2022b
?吉川徹「現代社会における権威主義的態度尺度の有用性—環境保護意識、ヘルス?コンシャスの分析視角として」『ソシオロジ』39(2)、社会学研究会、125-137、1994
?仲井斌『緑の党—その実験と展望』岩波書店、1986

執筆者プロフィール

保坂 稔 保坂 稔

保坂 稔 | Minoru Hosaka

社会イノベーション学部 心理社会学科 教授
社会イノベーション研究科 教授
専門分野:社会学

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